有料老人ホームの入居一時金は、法律上は「前払金」と呼ばれる、家賃やサービス費用の前払いです。前払い方式と月払い方式のどちらが総額で安いかは、何か月住むかで決まります。月払いとの家賃相当額の差と、初期償却の有無によって、前払いが有利になる入居月数が変わります。
この記事では老人福祉法と厚生労働省の指針をもとに、前払金の仕組み、3か月以内の契約終了時の返還ルール(いわゆる90日ルール)、仮定の数字での損益分岐を整理します。借入れで用意するときに、先に確認しておきたいことも書きました。制度の内容は2026年10月15日時点の確認で、金額はすべて仮定の試算です。
目次
老人福祉法第29条第9項は、終身にわたって受領すべき家賃などの全部または一部を前払金として一括で受け取る設置者に、2つの義務を課しています。ひとつは前払金の算定の基礎を書面で明示すること、もうひとつは返還債務に備えて保全措置を講じることです。
第10項は、入居から一定期間内に契約が解除された場合や、入居者が亡くなって契約が終わった場合に、前払金から省令で定める方法で算定した額を差し引いて返還する契約を結ぶよう求めています。この「一定期間」を定める老人福祉法施行規則第21条は、入居後3か月が経過するまでの間と、前払金の算定の基礎とした想定居住期間が経過するまでの間の2つの区分を置いています。前者が、いわゆる90日ルールです。
名称も押さえておきます。省令第20条の9は、入居一時金、介護一時金、協力金、管理費、入会金など、いかなる名称であっても、家賃やサービスの対価として受け取る費用は前払金の扱いになる旨を定めています(敷金は家賃6か月分を上限とするものを除く)。パンフレットで「入居金」「協力金」と書かれていても、中身が家賃やサービス費用の前払いなら、同じ保護の対象になる読み方ができます。
厚生労働省の標準指導指針は、支払方法として月払い方式、前払い方式、これらを組み合わせた方式が考えられるとしています。重要事項説明書の様式では、利用料金の支払い方式を次の4つから選んで表示する形になっています。
表1 重要事項説明書に表示される支払い方式
| 方式 | 内容(様式の説明) | 入居時の負担 |
|---|---|---|
| 全額前払い方式 | 終身にわたって受領する家賃またはサービス費用の全部を前払金として一括で受領 | 大きい |
| 一部前払い・一部月払い方式 | 家賃またはサービス費用の一部を前払いし、その他は月払い | 中程度 |
| 月払い方式 | 前払金を受領せず、家賃またはサービス費用を月払い | 小さい(敷金などは別) |
| 選択方式 | 入居者が上の3つから選べる。選べる方式を併せて明示する必要がある | 選んだ方式による |
出典:有料老人ホーム設置運営標準指導指針(厚生労働省)の別紙様式「重要事項説明書」。
「前払い方式か月払い方式かを選べる」と言われたら、そのホームは選択方式にあたります。前払いを選んだ場合の月額が実際いくらになるかは、ホームの料金表で確認します。月額には、前払いに含まれない管理費、食費、介護保険の自己負担、光熱水費などが別にかかります。比べるのは家賃相当額の差だけにして、それ以外の月額費用は両方式で同じかを確認します。
前払金の金額は、想定居住期間をもとに決まります。指針は、前払金の償却年数を、入居者の終身にわたる居住が平均的な余命などを勘案して想定される期間(想定居住期間)とするよう求めています。算定の基本は次のとおりです。
終身にわたる契約の場合は、(1か月分の家賃またはサービス費用)×(想定居住期間の月数)+(想定居住期間を超えて契約が継続する場合に備えて受領する額)です。最後の項目は、具体的な根拠により算出された額とするよう指針が求めています。
重要事項説明書の様式では、この「想定居住期間を超えて契約が継続する場合に備えて受領する額」に「初期償却額」と付記し、あわせて「初期償却率」を記入する欄があります。入居時に一定割合が一度に償却される仕組みと説明されることも多い項目ですが、様式上の定義はここまでです。どの時点でいくら償却するかは、各ホームの契約書と重要事項説明書の記載で確認します。
もうひとつ、指針には支払いの時期に関する定めがあります。前払金の内金は前払金の20%以内とし、残金は引渡し日前の合理的な期日以降に徴収すること、入居開始可能日前の契約解除なら既に受け取った金額の全額を返還することです。内金として前払金の20%を超える額を求められた場合は、この指針の記載と合うかを確認します。
以下はすべて仮定の数字です。実在の施設の料金ではなく、相場でもありません。前提は、前払金600万円、想定居住期間60か月、月の家賃相当額は前払いなら0円・月払いなら10万円とします。月償却額は(前払金−初期償却額)÷60か月で計算し、償却は入居日から始まるものとします。借入利息や、600万円を手元に置いた場合の運用益は含めません。
3か月を超えて退去した場合の返還金を、(前払金−初期償却額−月償却額×入居月数)で計算します。初期償却なしと、初期償却率15%(90万円)の2通りです。円未満の端数は出ません。
表2 入居月数ごとの返還金(仮定・前払金600万円・想定居住期間60か月)
| 入居月数 | 初期償却なし:返還金 | 初期償却15%:返還金 | 初期償却15%:実質負担 |
|---|---|---|---|
| 6か月 | 540万円 | 459万円 | 141万円 |
| 12か月 | 480万円 | 408万円 | 192万円 |
| 24か月 | 360万円 | 306万円 | 294万円 |
| 36か月 | 240万円 | 204万円 | 396万円 |
| 48か月 | 120万円 | 102万円 | 498万円 |
| 60か月以上 | 0円 | 0円 | 600万円 |
初期償却があると、早く退去したときの戻りが小さくなります。12か月で退去した場合、初期償却なしなら実質負担は120万円ですが、15%なら192万円です。入居前に「何年住むか」を考えるときは、この差を見ておく必要があります。
前払いの実質負担は、60か月までは(初期償却額+月償却額×入居月数)、60か月を超えると600万円で止まります。月払いの負担は(月払い方式の家賃相当額の差×入居月数)で増え続けます。前払いのほうが負担が小さくなる最短の入居月数を、月払いの家賃相当額の差ごとに計算しました。
表3 前払いが月払いより有利になる最短の入居月数(仮定)
| 月払いが前払いより高い額(月) | 初期償却なし | 初期償却15% |
|---|---|---|
| 8万円 | 76か月目 | 76か月目 |
| 10万円 | 61か月目 | 61か月目 |
| 12万円 | 1か月目から | 26か月目 |
| 15万円 | 1か月目から | 14か月目 |
計算結果は、次のように読めます。月払いの差が「前払金÷想定居住期間」(この例では月10万円)とちょうど同じなら、損益が逆転するのは想定居住期間の60か月を超えてからです。差が月10万円より小さい場合は、さらに長く住まないと前払いが有利になりません。差が大きいホームほど、早い時期から前払いが有利になります。ただし、差が大きい場合も、初期償却があると短期の退去では前払いが不利になります。
実際の差は、ホームごとに設定が違います。差を知るには、後述の重要事項説明書の「利用料金のプラン」を、方式ごとに見比べます。
結局のところ、前払いが向くのは、長く住む見込みが強く、前払金を現金で無理なく用意できる人です。要介護度が重くなって病院や別の施設に移る可能性がある人、入居後の住み替えを視野に入れている人は、月払いか一部前払いのほうが、結果として総額が小さくなりやすいと言えます。
施行規則第21条第2項第1号は、入居後3か月が経過するまでの間に契約が解除された場合や、入居者が亡くなって契約が終了した場合の差引額を、家賃等の月額を30で除した額に、入居の日から契約終了の日までの日数を掛ける方法としています。前払金からその額を差し引いて返すのが、法の定める返還の形です。
数字で見ます。前払金600万円、家賃等の月額を10万円と仮定すると、入居から30日で終了なら差引額は10万円、60日なら20万円、90日なら30万円です。それぞれ返還金は590万円、580万円、570万円になります。ここでの家賃等の月額が、契約書上どの金額を指すのかは、ホームの契約書の返還金の算定方法の欄で確認してください。
指針は、入居者の解約の申し出から実際の契約解除までに予告期間を設け、返還債務が義務づけられる期間を事実上短縮してはならないとしています。入居前に「退去は3か月前に申し出」という条項があるかどうかも、見ておくところです。この3か月は、入居後に合わないと感じたときに戻れる、数少ない安全弁です。体験入居があれば、契約前に使っておくと、この期間に頼る場面を減らせます。
前払金に関する情報は、標準様式の重要事項説明書の「利用料金」の項にまとまっています。比較のときは、次の欄を同じ順で見ます。
表4 前払金の確認欄(標準様式の項目名)
| 欄 | 見ること |
|---|---|
| 利用料金の支払い方式 | 全額前払い、一部前払い・一部月払い、月払い、選択方式のどれか。選べる方式 |
| 利用料金のプラン(代表的な2例) | 入居時点で必要な費用(前払金、敷金)と月額費用の合計。方式ごとの差 |
| 前払金の受領:想定居住期間(償却年月数) | 何か月で償却する設定か |
| 前払金の受領:償却の開始日 | 入居日からか |
| 前払金の受領:初期償却額、初期償却率 | 早期退去時に戻らない割合 |
| 前払金の受領:返還金の算定方法 | 入居後3月以内の契約終了と、3月を超えた契約終了の2つの式 |
| 前払金の保全先 | 銀行等の連帯保証、信託、保証保険、全国有料老人ホーム協会のどれか |
| 居室の住み替え:前払金償却の調整の有無 | 介護居室などへ移るとき、償却が調整されるか |
出典:有料老人ホーム設置運営標準指導指針(厚生労働省)の別紙様式「重要事項説明書」。
厚生労働省の資料は、重要事項説明書を入居契約や管理規程の要旨を示すものとし、重要事項説明書だけに規定される事項はないと整理しています。返還金の有無・算定方式・支払時期は、入居契約書にも明示されている必要があります。数字の根拠が分かりにくいときは、書面で算定根拠の説明を求めてください。
預貯金が足りず、借入れで補うことを考える場面は実際にあります。ただし、前払いは「高額を先に払い、使わなかった分を返してもらう」仕組みなので、借入れと組み合わせると、返すお金と戻るお金の時期がずれます。
600万円を年4.0%、返済期間5年・7年・10年で借りたと仮定します。年4.0%は試算のための仮定で、実際の金利を示すものではありません。計算式は元利均等返済の月額=P×r÷(1−(1+r)^−n)、r=年利÷12、nは返済回数で、円未満は四捨五入しました。
表5 借入れ600万円の返済額(仮定・年4.0%・元利均等)
| 返済期間 | 月々の返済額 | 総返済額 | うち利息 |
|---|---|---|---|
| 5年 | 110,499円 | 6,629,940円 | 629,940円 |
| 7年 | 82,013円 | 6,889,092円 | 889,092円 |
| 10年 | 60,747円 | 7,289,640円 | 1,289,640円 |
返済期間を長くすれば月々は楽になりますが、利息は増えます。先ほどの例で月払いとの差が月10万円なら、10年返済の月6万円台は一見お得に見えるかもしれません。しかし、これは「前払い方式を選んだ代わりに、利息を払う」ことを意味します。前払金の返還があるとはいえ、利息は戻りません。
早期に退去した場合の食い違いも確認しておきます。初期償却15%の例で、10年返済のまま24か月で契約が終わったとします。返還金は306万円ですが、借入れの残りは約498万円(4,983,650円)です。返還金だけでは完済できず、差の約192万円は別に用意することになります。
借入れの審査は、一般に申込者本人の収入と状況をもとに行われます。子が借りる場合は、子の収入と住宅ローンなど既存の借入れが見られるのが一般的で、返済は子の家計から続きます。親が借りる場合は、年金収入が返済原資になり、完済までの年齢が問題になります。80歳で10年返済なら、完済は90歳です。年齢の上限は商品ごとに異なるので、申込み前に確認してください。
クラウドローンでは、年金収入のみの場合の入力方法をヘルプ(Q43)に載せています。雇用形態を「年金・その他」、勤務先名称と部署を「年金」とし、入社年月に年金開始月を入れる形です。そのまま親名義で申し込めるかどうかは、保証会社と金融機関の審査次第です。
見落としやすいのは、返還金の受取人です。入居契約の当事者は、入居者本人のほか、契約当事者の追加や身元引受人の権利・義務として契約書に書かれます。子が借りて親が入居する場合、返還金が入居者(親)に戻るのか、身元引受人(子)に戻るのかで、借入れの返済に回せるかが変わります。受取人の指定は、契約書の返還金の支払先と支払時期の条項で確認してください。指針は、返還金の有無、算定方式、支払時期を契約書に明示するよう求めています。
次のような場合は、借入れで前払金を用意するより、別の方法を先に考えるほうが無理が少なくなります。入居期間が読めない、あるいは短くなりそうな場合は、月払い方式か一部前払いにすれば、借入れそのものが要りません。持ち家や預貯金など親の資産があるなら、売却や取り崩しで前払金を用意すれば、利息がかかりません。親の年金額で月払いの費用をまかなえる見込みがあるなら、月払いのほうが総額が小さくなる場合があります。
家族内で費用の負担者がもめやすい点は、既存記事「介護費用は誰が負担すべき?」でも扱っています。費用が払えなくなった場合の備えは「老人ホーム費用が払えないとどうなる?」を参照してください。
クラウドローンの公式サイトは、使いみちの一覧に「介護」を挙げています。複数の金融機関から提案が届くサービスで、融資の可否と条件は保証会社と金融機関が審査し、クラウドローン自体は融資の審査をしません。事前審査は、平日16時までの申込みで当日19時頃、16時以降は翌営業日に回答される案内です(公式FAQ)。提案された金利や借入可能額は確定ではなく、金融機関の最終審査で変わる場合があります。入居一時金が対象になるかどうかも、金融機関の商品条件と審査で決まります。
向かない場合もあります。入居一時金の支払期限まで日数が少ない人は、時間が足りないかもしれません。事前審査の後に、金融機関へ必要書類を出してから10日〜2週間程度が目安とされています。また、給与振込口座や住宅ローンのある取引銀行の金利優遇が大きい人は、先にその銀行へ相談したほうが条件がよい場合があります。預貯金や親の資産で足りる人は、そもそも借入れが要りません。
入居一時金を借入れで用意するか迷っている方は、返済額と返済期間を確認する材料として、クラウドローンで提案内容を見る方法もあります。審査通過や提案の到着、金利は保証されません。
月払い方式があるホームなら、払わない選択ができます。前払いしか選べないホームもあります。支払い方式は重要事項説明書の「利用料金の支払い方式」で確認できます。
戻らなくなるわけではありません。3か月を超えても、想定居住期間が経過するまでの間は、返還金の算定方法に従って返還される契約になっています。ただし金額は、初期償却や月償却のぶん、3か月以内より小さくなります。
施行規則第21条は、解除だけでなく入居者の死亡により終了した場合も対象としています。返還金の受取人は契約書で確認してください。
重要事項説明書の「前払金の保全先」欄に、銀行などの名称が書かれます。保全措置を講じていないのは法令違反と、厚生労働省は整理しています。欄が空欄なら、設置者に確認し、都道府県の窓口に相談する方法もあります。
調査日:2026年10月15日。法令はe-Gov法令検索で確認した現行条文(老人福祉法は2026年6月25日施行分、施行規則は2024年10月3日施行分)。金額はすべて仮定の試算です。
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